2013年6月7日金曜日

取捨選択という方法

坂本龍馬さんの背中に、馬の鬣のような毛が生えていたことは有名です。
ですが、例えば龍馬さん主人公のドラマを作るときに(過去に山のように作られていますが)この設定が絶対に必要かと言えば、別段触れても触れられなくても問題ないと思います。
(史実を知るファンとしては物足りないというのはさて置き)
しかしこの「馬の鬣のような毛が生えていた」設定が、ちょっと突拍子でもない譬えで申し訳ないですが、慶応2年1月23日に伏見寺小屋で襲撃された折、薩摩藩に救出されたときに
「こやつ本当に坂本龍馬か?」
「龍馬なら背中に馬の鬣のような毛があると言うが・・・」
「おぬし、背中を見せてみよ」
「とくとみるぜよ!この背中の鬣を!」
「おお、その背中の毛!おぬし、確かに坂本龍馬だな」
と言う流れで坂本龍馬さんを坂本龍馬さんだと足らしめる証明になったのだとすれば、これは「触れても触れなくても大局に影響がない」設定から、「触れられるべき設定」へと重みが変わります。
前置きが長くなりましたが、何が言いたいのかと申しますと、歴史ドラマで人物を描くとき、その対象人物の史実の情報(ここではあえて以下「設定」と表現させて頂きます)に取捨選択の必要も出てくるということです。
例に挙げました龍馬さんの背中の毛のように、龍馬さんの大局に影響しない設定ならば省いても問題ないです。
だって、その設定はなくても大局に影響を来さないのですから。
ですが、たとえば「龍馬さんは土佐脱藩浪士」という設定は、もし削ったら問題が生じることになりますよね。

そんな分かり切ったことを何故今になってこんなところでグダグダと言っているのかといいますと、設定を削られ過ぎて支障ないしは問題が出ている人物が「八重の桜」に出ているからです。
言わずもがな、それは覚馬さんのことです。
覚馬さんの設定に、「酒好き」「趣味は刀剣観賞」などがあるのですが、これは龍馬さんの背中の毛同様、削られても(多分)大局には影響を来さない設定に分類されると思います。
しかしながら、西周さんや横井小楠さんとの接点が、白く塗り潰したかのように削られているのは、覚馬さんの大局に支障どころか、視聴者の皆様の頭に上に「?」を乱舞させない事態まで引き起こしております。
第22回「弟のかたき」の中で、獄舎内の覚馬さんの口から「万国公法」と言う単語が飛び出しました。
正直視聴者さんの中には、「万国公法って何?」と言う人も少なくなかったでしょうし、それが何なのかを漠然と理解している人でも、あのドラマの中の覚馬さんが何故いきなりそんな言葉を使っているのか、ちょっとちぐはぐに映ったかもしれません。
以前の記事でも触れましたが、万国公法というのは「国際社会が遵守すべき法的規則と、理念として世界中の国家が平等である権利を有する」と説いた国際法律書です。
覚馬さんが西洋のものに接点があったのはドラマ内でも触れられていましたが、国際的な観念を持つ視点を設けるに至るには、あの描かれ方では溜めが弱すぎます。
後に覚馬さんは「近代日本のグランドデザイン」となったとまで言わしめる『管見』というものを提出するのですが、佐久間象山塾に言って、洋式調練を会津藩の中で推奨し続けて、上洛後は洋学所を開いて、長崎に短期間滞在して・・・というドラマの流れの中で培った経験値だけでは、『管見』は到底書けません。
以前の記事で、私は少しずつ『管見』を書ける覚馬さんに近づいては行っているものを、「弱い溜めのままで行くと、『管見』を書ける覚馬さんには到らないでしょう」と危惧しました。
その危惧が、どうやら弱い溜めを引き摺り続けられたことで現実味を帯びて来ています。
既に以前の記事でも指摘したことですが、山本覚馬という人物を描くのに、『管見』を出せばいいわけではありません。
どういう過程と経験を経て覚馬さんが『管見』に至ったのかに触れて行かなければ、山本覚馬という人物が不透明になってしまいます。
で、その過程と経験とは何ぞやとなった時に、挙げればきりがないのですが、何を差し置いてもこれは差し置いてはいけないというのが、西周さんと横井小楠さんの存在だと私は思います。
そして削られて問題が起こっている設定は『管見』に繋がることに限ったことではなく、明治の世になった時に繋がる人間関係や付き合いも、現時点では悉く抜け落ちています。

大河ドラマ50話という尺度の中で、設定の取捨選択は必須だということは理解しています。
それでも、大局にまで問題が出てくるようなところまで削ってしまうのは如何なものか、如何にかならなかったのかと、一視聴者のぼやきです。ひとりごとです。
折角スポットが当たったんですから、中途半端にぼやかしたまま終わらせて欲しくないという願望もありますがね。
50話すべてが無事に放送されたときに、覚馬さんのことを知らなかった人に、「良く分かんないけど覚馬さんって凄いことした人・・・なのかな?」ではなく、「覚馬さんって、こんな人だったんだ!」という感動が残って欲しいものですが、はてさて・・・。

ではでは、此度はこのあたりで。


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